デリシャスタイム

ただ感情の隆起した部分をここに詰め込んでるだけです。

エモいってなんだ。

エモいってなんだ。

 

世の中には概念でとらえるワードがたくさんある。

 

我々は経験の中で言葉に対するイメージとか、感覚を定義して、曖昧ながらもその言葉を理解する。

 

ただ、定義が難しい言葉もある。。

牛乳と聞いて、あの白い液体以外をイマジンしない人間はいないだろう。

でも、人生という言葉を聞いて、すべての人が違う価値観や、考え方を持っている。

 

そして最近ではやたらそういう言葉が多い。

というか、そういう言葉にしたがる。

 

代表的な例をあげると、

「ヤバイ」ということばだ。この言葉を聞いて、若者はマイナスのイメージとプラスのイメージどちらも思い浮かべるだろう。

そして、何の感情もなく、この言葉を発してしまう人もいるかもしれない。

もうそのとき、いわば感嘆詞のように使っているその言葉は概念だ。

 

だとすれば、最近流行りのワード

エモいはなんだろう。

あの言葉。 もはやヤバイにも迫る勢いで汎用性を増してきている。

 

 

この画像を見てくれ。

なんだろう。 エモーショナルな感覚というのは私のイメージの中で上の画像とは一致しない。

エモいよりもシュールと言う言葉を先に連想してしまう。

エモという言葉のカテゴリーの広さから、シュールという概念までもがエモという集合にカテゴライズされている。

 

これは異常なことだ。

エモという感覚のレンジが広がれば広がるほど、エモいという言葉の説得力はなくなる。

 

エモいって言葉を使えば使うほどあなたの本当の気持ちは希薄になってしまう。

 

本当に心から心打たれる走り出したくなるような感情が沸き起こったなら、あなたはきっと努力してあなたの、あなた自身の言葉で感情を語ろうとするだろう。

 

もしそんな壮大な感情をエモいという言葉で終わらせてしまうのはもったいないと思わない?

あなたから溢れる感情をなんとか頑張って言語化することはすごく大変だけれども美しく、清々しい。

そして最後には喜びが待っているんだ。

 

もしあなたのその熱量がエモだけで終わってしまうのならそれはそこまでの熱量だったのだ。

もしそうではないというのならばあなたは自分に嘘をついたんだ。